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経済的自由への軌跡~ノウハウよりもノウホワイ?!

 
僕の起業してから15年のストーリーを綴っています。
 
読みそこなっている方はこちらのバックナンバーをどうぞ。
 
▼1回目
経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

▼2回目
経済的自由への軌跡~一歩外へ踏み出す

▼3回目
経済的自由への軌跡~副業から起業へ

▼4回目
経済的自由への軌跡~2度目のブレイク

▼5回目
経済的自由への軌跡~歴史は繰り返す?

▼6回目
経済的自由への軌跡~裏ストーリー
 
これまで赤裸々に、僕の恥部も含めて起業からの経験をお話してきました。
 
これだけ自らをさらけ出すことは勇気が必要です。
 
せっかく勇気を出してさらけだしたので、僕の経験があなたの何らかの形で役に立てて頂ければ嬉しいのですが・・・。
 
特に現在起業を検討している方、あるいは脱サラをしたい方には参考になりましたでしょうか?
 
僕はいろいろな経験を通して、いろいろなことを学んで来たつもりです。
 
その中で最も重要だと思うことを今回は取り上げます。
 
 
それが、ノウハウよりもノウホワイという話です。
 
起業をする際に、どうしても多くの人がノウハウを求めます。
 
ネットで収入を得たいと考える人の多くが、真剣な人ほどノウハウコレクターになりがちです。
 
ノウハウというのは魔法の杖ではありません。
 
ノウハウとは日本語に直訳すると「どうやるかを知る」ということ。
 
要は、単にビジネスのやり方。
 
もちろんやり方は重要ですが、もっと重要なのはノウホワイ。
 
ノウホワイは僕の造語です。
 
直訳すると「なぜやるかを知る」。
 
つまり自分はなぜネットで収入を得るのかを知るということです。
 
そんなこと、わかっているからビジネスを始めるのではないかと反論されるかもしれません。
 
でも、なぜか世の中には、なんとなくビジネスを始める人が後を絶ちません。
 
 
先日、大阪から知人が遊びに来ました。
 
知人ですが、僕のクライアントでもあります。
 
ビジネスの話になりました。
 
あ、ちなみにその知人。
 
沖縄に来る際に、沖縄の観光情報をネットで探していたそうです。
 
その時に探し当てたホームページ。
 
なんと、僕が運営するサイトだったそうです。
 
それでビックリされていました。
 
その方とは「縁」が深いのかもしれませんね。
 
まあ、僕としては沖縄に関するいろいろなキーワードで調べても僕のサイトにたどり着くように対策はしているので、親せきをはじめ、友人などいろんな人が偶然僕のサイトにたどり着いてくれてます。→プチ自慢(^^;)
 
話を戻しますと、その方は僕が大阪にいる頃から「起業をしたい」という気持ちが満載でした。
 
でも、いろいろなビジネスの話を持ってきて、何度話をしても、結局何をしたいのかがわかりませんでした。
 
2年半ぶりぐらいに沖縄で再会しました。
 
話を聞くと、まだ迷っていました。
 
話が堂々巡りなのです。
 
いろいろ話を聞いていると、彼女の根底にある起業への動機が弱いと感じました。
 
彼女の旦那様はバリバリの役人であり、2人の娘も社会人になり、自立しているので生活に何の不自由はありません。
 
彼女自身も税理士事務所で仕事をしており、仕事には満足しているようです。
 
でも、何か起業をしたいと思っているのです。
 
一度、あるネットワークビジネスの話を持ってこられたので、主宰会社について、製品についていろいろ基本的なことを質問してみました。
 
彼女はその質問には全く答えられないようでスルーされました。
 
そのビジネスもすでに辞めてしまったようでした。
 
そのビジネスに対する最低限の情熱もないのに、一度はやろうと思われたのでしょう。
 
単に他人の話に影響されて、始めてみようと思ったのでしょう。
 
あなたはそんな人の話に心が動かされますか?
 
これが僕が言うノウホワイの欠如です。
 
ハウツーではなくて、ホワイツーです。
 
なぜ、そのビジネスをやろうと思ったのか?
 
起業の動機、ビジネスの動機があいまいなのです。
 
 
僕はお金の問題、家庭の問題が動機でビジネスをスタートしました。
 
お金の稼ぎ方は全くわかりませんでしたが、お金を稼がないとどうにもならないと切羽詰まっていたのです。
 
多くの成功者は動機が明確です。
 
多額の借金を抱えている人は、その分、ビジネスで成功をしやすいのです。
 
何が何でも売り上げを上げなければならないからです。
 
もうすでに起業をしている人も動機が明確です。
 
家族を食わさなければならないためです。
 
モチベーションとは、直訳すると「動機付け」です。
 
絶対に成功しなければならない。
 
燃えるような動機付け、ホワイツーが必要なのです。
 
それがないから何をしたらいいのかわからないと悩むのです。
 
僕の場合は一度頂点(有頂天でしたが・・・)に登りつめたら、ビジネスを継続する動機が不明確になりました。
 
 
最も大事なことがもう一つあります。
 
それは、やはり「自分の意識が現実を作る」というお話です。
 
実は僕が一番言いたくない、恥ずかしい話を暴露しますと、有頂天にいるときに僕に21歳年下の若い娘が近寄ってきました。
 
僕は恥ずかしながら彼女に身も心も溺れました。
 
仕事が全く手につかない状態でした。
 
組織が崩壊する気がしたり、収入がこのまま継続しない気がしたのは、まさにそういう思いを抱く動機があったのです。
 
そう、何も仕事もせずに収入が入って来て、入った収入以上に浪費をして、しかも若い娘に溺れて自堕落な生活を送っている。
 
このままでは何か罰を受けると思ったのです。
 
それが図星になりました。
 
その時は、天が愛想をつかし、天運に見放されたと思ったのです。
 
しかし、今から振り返ると罰を与えたのは天ではなく、自分自身だったのです。
 
自分が自分に懲役刑を科したのです。
 
お金が入るようになり、若い娘とつきあっていてもビジネスを調子よく継続している人は山のように存在します。
 
浪費家で自堕落でも、性格が悪くても何の問題なく裕福になっている人もいます。
 
しかも何代にもわたって。
 
僕は「自堕落な生活は罰を受ける」という思い込みから、僕が僕自身に懲役を科したのです。
 
つまり、すべての現実を僕の思考が引き寄せたのです。
 
僕は引き寄せの法則の強烈さを本当に心から感じ、腑に落ち、現実を受け入れ、それ以来、自分の思考に気をつけるようになりました。
 
現実を受け入れるようになってから、再度、天運も味方になり、お金も引き寄せるようになりました。
 
そして、お金と時間を持つ幸せで自由なライフスタイルを手に入れることができたのです。
 
あなたも起業の際には、動機と思考チェックを怠りなくしなければいけません。
 
いい思考を継続できればお金儲けはカンタン、あなたが持つ以上の力が働いてあれよあれよとあなたを夢の世界に運んでくれます。
 
逆の思考をお持ちなら、あなたはお金を稼ぐことに苦労しかねません。
 
どうせならいい思考を持って起業をすべきです。
 
 
ところで、僕の起業人生を通して、僕は一生型収入の確立、そして経済的自由の実現なくして真に幸せで人間らしいライフスタイルを手に入れることはできないと心から思いました。
 
しあわせの尺度は人それぞれ違いますが、ふんだんに入り続けるお金と、ゆったり流れる時間の両方を手に入れることで多くの人が真に自分の人生を取り戻せると思ったのです。
 
そこで、今回、僕が一生型収入を確立できた収入プログラムを公開することにしました。
 
それがバーチャル不労収入システムです。
 
このプログラムの特徴は、
1 自宅起業、ひとり起業が可能です。もちろん法人可。
 
2 ネットで完結でき、営業が不要なのでどこででも起業可能。
→ 特に僕のように地方在住の方に活用していただきたいと思っています。
 
3 一度やった仕事から継続して何年も収入を生み続ける
 
 
起業をしたとしても、経済的自由を得られる起業スタイルでなければ、サラリーマン時代以上に長時間勤務を強いられ、夢の実現が遠のく可能性があります。
 
バーチャル不労収入システムに関心がある方は、僕からの次のメールをお待ちください。
 
つづく

経済的自由への軌跡~裏ストーリー

 
僕の起業してから15年のストーリーを綴っています。

読みそこなっている方はこちらをどうぞ。
 
▼1回目
経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

▼2回目
経済的自由への軌跡~一歩外へ踏み出す

▼3回目
経済的自由への軌跡~副業から起業へ

▼4回目
経済的自由への軌跡~2度目のブレイク

▼5回目
経済的自由への軌跡~歴史は繰り返す?
 

これまで起業してから10年ぐらいまでのストーリーをお伝えしました。
 
ずいぶん凝縮して話しましたし、記憶が薄れている部分もありました。
 
その後、5年間で他人のビジネスを手伝ったりしましたが、その間も自分のビジネスをコツコツ築き上げ、ようやく念願の一生型収入を確立することができました。
 
今は沖縄で、海が目の前の自宅で、自由なライフスタイルを手に入れています。
 
朝、小鳥のさえずりで目を覚まし、愛犬と海の前を散歩する。
 
 
実はこのライフスタイル。
 
僕が夢に描いていたことでした。
 
人間は望んでいることが必ず実現する。
 
よく聞くと思いますが、気がついたらまさにその通りになっていたのです。
 
夢では「朝、さざ波の音で目が覚める」ことを描いていました。
 
今の自宅は海から道路を隔てているので、残念ながら波の音は聞こえませんが、まあ、ほぼ夢の通りです。
 
 

思考は現実化する。
 
そうであるなら、僕は前回までのメールで書いたようなストーリーを望んでいたのか?
 
今日は僕の裏ストーリーをお伝えしたいと思います。
 
 
メールでは少し時間の流れがわからなかったかもしれませんが、僕が最初にブレイクするまでビジネスを始めてから1年4か月が経っています。
 
これは副業時代のことです。
 
本業になってから店舗展開をしたり、試行錯誤しながら2番目のブレイクまでにはビジネススタートから6年が経過していました。
 
ここまで時間がかかってしまった理由はたったひとつ。
 
「お金を儲けるには苦労しなければならない」という観念を僕が持っていた為だと思います。
 
おまけにその当時のメンターに最初に言われたのが「成功までは時間がかかる」という言葉でした。
 
もし、そのメンターに「お金儲けはカンタン」と言われていたら、成功までもっと速かったかもしれません。
 
時間がかかったということは僕が望んでいた結果なのでしょう。
 
刷り込みというのは恐ろしいものです。
 
では、その後、僕はワンマンな社長と出会うことを望んでいたのか?
 
組織移動を繰り返し、組織が崩壊することを望んでいたのか?
 
この事実を受け入れるまで、僕は本当に時間がかかりました。
 
出会う人は自分の鏡ともよく言われますが、ワンマン社長の要素を僕も持っているのだろうか?
 
これらは本当に受け入れ難い事実でした。
 
僕はこんなにいいやつなのに・・・ → 自分で言うかぁ。
 
僕は自分の潜在意識と対話を繰り返しました。
 
その中で断片的ながらわかったことがありました。
 
 
一時的にせよ成功に至るまで、僕は成功哲学を実践し、毎朝アファーメーションを行っていました。
 
ところが、成功をつかんだ瞬間にそれを忘れてしまいました。
 
有頂天になってしまったのでしょう。
 
自分の力で登りつめたと傲慢な気持ちもあったようです。
 
そのうえ、せっかく築いた城が、築いた瞬間から「いつか崩壊するかもしれない」と言う不安に心が支配されました。
 
その気持ちが心の奥底でずっと居座っていました。
 
その気持ちを放置してしまっていたのでした。
 
まさにそれが現実になったわけで、思考が現実化したのでした。
 
まさに僕の人生は僕が望んでいた結果ということになります。
 
 
それでも振り返るといろんな夢が叶っていました。
 
学生時代、僕は「日本を股にかけるビジネスマン」になりたいと思っていました。
 
社会に出る前だったので、それが自分の夢と思い込んでいました。
 
実際に全国を飛び回るという経験をしました。
 
思考が現実化したのでした。
 
でも、真実は、その夢は僕にはストレスだったということが判明しました。
 
「思考は現実化する」威力はすごいと感じました。
 
実は僕の本当の夢は作家でした。
 
正確には作家の印税生活が夢でした。
 
本を読んだり書いたり、時間をゆったり使うのが夢でした。
 
本の出版は夢の一部でした。
 
これは叶いました。
 
「本の出版」を夢にしていたので、本はさっぱり売れませんでした。
 
「ベストセラー作家」を夢にしなければならなかったようです。
 
 
「全国を股にかけるビジネスマン」と「作家の印税生活」は真逆の夢だったようです。
 
ストレスのない印税生活が本当の夢だったのです。
 
いま僕は本を読んだり、ブログやメルマガを書く生活を送っています。
 
印税生活ではありませんが、一生型収入の確立で時間の自由を得ています。
 
僕の本当の夢は、まさにここにあったのです。
 
僕は印税生活が夢だったので、ネットワークビジネスの権利収入にひかれたのがきっかけでネットワークビジネス業界に入りました。
 
ネットワークビジネスでは強いリーダーシップが求められます。
 
僕も強いリーダーになることを望みました。
 
強いリーダーシップは、悪く発揮されるとワンマンになります。
 
ワンマン社長の要素が僕にもあったのです。
 
印税生活の実現は、何も手段がネットワークビジネスでなくてもよかったのです。
 
僕は「ネットワーカー」と呼ばれることを嫌っていました。
 
ネットワークビジネス業界にどっぷりつかるのを恐れてもいたようです。
 
だからこそ、ネットワークビジネス業界から足を洗うように、洗うように、いろいろな出来事が起こったのではないかと思いました。
 
潜在意識を放置していた恐ろしさをあらためて感じました。
 
すべてが見事に僕の望みどおりに叶っていたのでした。
 
 
そうそう、1回目に書きましたが、そもそも僕の起業の動機は2つでした。
 
1 借金問題
2 家庭問題
 
気がついたらこの2つの問題は解決していました。
 
ネットワークビジネスに携わった10年間はまったく無駄ではなかったのです。
 
業界から離れた僕は自分の性格も含めた棚卸をしました。
 
 
いろいろなことが起きたのは潜在意識の結果でもありますが、直接のきっかけは「人間関係がうまく行かない」という点にあったと分析しました。
 
僕は基本的に人間が好きなのですが、人間嫌いという相反する側面も持っています。
 
人が僕を無条件に信頼してくれないと、そっぽを向いてしまうところがあります。
 
自分は、心から他人の可能性を信頼しきれてないところがあるのにです。
 
ネットワークビジネスはその中心が人間関係にあります。
 
そもそも僕には合わないビジネスだったのでしょう。
 
ふと姓名判断をしてみると、図星でした。
 
僕の苗字は先祖の功労が高く、天運は僕の味方でした。
 
しかし、ひとつだけ僕の人生を引っ張っている悪い要素がありました。
 
それが「人間関係」だったのです。
 
人間を克服しなければ、僕の人生はうまくいかない。
 
そう思い、2つの施策を取りました。
 
そのひとつめが思い切ってビジネスネームを作ることにしたのです。
 
本名の「知念章」を「知念明良」にビジネス上だけ変えました。
 
あきらという名前にはやはり愛着がありましたので、読みはそのまま感じだけ変えました。
 
姓名判断では最高の姓名となりました。
 
もうひとつの方は少し消極的な施策です。
 
人と少し距離を取るという施策でした。
 
まず、ひとりビジネスを行うことにしました。
 
一匹狼的にビジネスを行おうと思ったのです。
 
そのうえでルールを決めました。
 
・仕事はネットで完結する。 → 相手を訪問しない、会わない、通販に徹する。
・電話を受け付けない    → すべてメールで対応する。
・嫌な客は断る
 
このルールにはまらない場合、仕事は請けないことにしたのです。
 
潜在意識を最大限に発揮するには、「いい気分でいる」事が一番大事なようです。
 
いい気分でいるといい人やいい出来事を引き寄せるようです。
 
そのためには「ストレスフリーな状態」を作ること。
 
そう、自分が嫌なことは徹底的にやらない、排除すると決めたのです。
 
そんなルールが通用するビジネスがあるのだろうかと思いましたか?
 
僕はこのルールに基づくようにしてから、とてもいいバイオリズムが来ています。
 
すべてが満たされ、ストレスと無縁です。
 
ストレスなく一生型収入を確立できたのはこのルールを決めてからでした。
 
つづく

経済的自由への軌跡~歴史は繰り返す?

 

僕の起業してから15年のストーリーを綴っています。

読みそこなっている方はこちらをどうぞ。

▼1回目
経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

▼2回目
経済的自由への軌跡~一歩外へ踏み出す

▼3回目
経済的自由への軌跡~副業から起業へ

▼4回目
経済的自由への軌跡~2度目のブレイク

 

せっかく築いたかに思えた一生型収入が崩壊した僕はすぐに他のビジネスの検討を始めました。
落ち込んでいるヒマは全くありませんでした。
 
そんな時に絶妙のタイミングで、ある方からメールが届きました。
 
今度はあるMLM主宰会社のトップリーダーSさんからのオファーでした。
 
今度は慎重に、僕は会社がある新宿まで出かけて話を聞きました。
 
その主宰会社をAとします。
 
そのトップリーダーSさんの話は次の点がとても魅力的に思えました。
 
 
1.ネット上でアフィリエイターを使いMLM会員を集める
2.複数の主宰企業を広告主としたASPにて会員も複数企業から収入を得ることができる
 
 
ひとつずつ説明しましょう。
 
ネット上でのアフィリエイト広告は、普通の商品でも効果のある手法として当時も認知されていました。
その手法をネットワークビジネス業界に取り入れようというのが彼の話でした。
 
ネットワークビジネスの組織の中にアフィリエイターを組み入れ、アフィリエイターが宣伝し登録させた会員からの売り上げをアフィリエイターには一時収入を、その上にいるMLM会員には継続収入を渡すという構想でした。
 
当時日本のサイトでナンバーワンのアクセスを誇っていたFC2との提携が決まっており、そこからアフィリエイターの供給がなされる予定でした。
 
このアフィリエイトシステムがうまく行けば、ASPなので複数企業が広告主として参加可能なのです。
 
それが2番目の複数のMLM企業から収入を確保できるチャンスなのでした。
 
前回の失敗での経験から得た教訓を書きましたが、1社からの収入に頼ると、その会社に生殺与奪権を握られてしまい自由を失います。
 
僕はこの話に大きく賛同しました。
 
振り返れば今のMLM企業のやり方は前近代的なのかもしれません。
 
皆が個人事業主として参加しているのにも関わらず、ひとつの主宰会社としか契約ができず、他の企業の仕事はできないとほとんどの会社が規約にうたっています。
 
外の人間が客観的に見ると、まるで宗教のようにガチガチにその会社の信奉者を洗脳して育てているように見えます。
 
だから、ネットワークビジネス業界にどっぷり使っている人と話をすると、とても頭が固く感じます。
 
当時からアフィリエイトシステムを知っていた僕は、アフィリエイトのような柔軟性を持って複数企業からの継続収入が実現できる仕組みが開発されていることに深い感銘を受けました。
 
A社から10万円、B社から20万円、C社から10万円という継続収入の受け取り方ができれば、真の経済的自由が実現できると思われたのです。
 
 
この話を、これまで縁があった元の会員さんに伝え始めたところ、予想以上に多くの人が賛同してくれて僕についてきてくれました。
結果的に2度目のブレイクをした時よりも僕の収入は増えたのです。
 
僕を信じてついてきてくれた会員との縁と、失意に沈んでいた時にタイミングよく飛び込んで来た情報という運。
 
「縁」と「運」がうまく行く秘訣だと思いました。
 
これでようやく安泰。
 
とはいきませんでした。
 
 
何度もこの展開になるのが嫌になりますが、やっぱり問題が起きました。
 
第一にFC2との提携が最終的には決裂したのです。
 
僕が交渉にかかわっていたわけではなかったので、真意は不明ですが、ともかくアフィリエイターは自前調達する必要が生じました。
 
まあ、当時のFC2の交渉相手である創業者は逮捕されてしまったのですが・・・。
 
 
第二に複数の企業からの収入という部分。
 
名乗りをあげた広告主が出てきていました。
 
この企業を主宰企業Bとしておきましょう。
 
 
企業側からは理解あるところが出て来たのですが、会員の方の理解が追い付かなかったようです。
 
ひとつの企業のリーダーをすると、立ち位置がどうしてもその企業側の人間側に見られるようです。
 
企業の色がついちゃうんですね。
 
何度も自分は単なる一会員であり、会員の代表だと説明しても話が通りません。
 
そんな人間が他の企業の話を聞くだけでも会員にとっては「裏切り行為」のように映るのでしょう。
 
結果的にアフィリエイターの集まりも悪く、会員が騒ぎ出しました。
 
 
驚いたことにA社は、Sさんの話をすべて受け入れていたわけではなかったようです。
 
A社は会員が騒いだことに動揺し、まずSさんとの契約を解消しました。
 
トップリーダーのクビを切る。
 
これはいつか見た光景。
 
後で聞いた話ではA社とSさんは単にコンサルティング契約をしていただけ。
 
A社は会員集めをSさんに一任していて、うまく行っていた時は上機嫌だったのに、うまく行かなくなったらSさんにすべて責任を押し付けることに決めたようでした。
 
トップリーダーをクビというのは単なる見せしめでした。
 
僕も事情聴取されましたが、今回言えることは何ひとつありませんでした。
 
会社からは会員をしっかりハンドリングするよう言われ、会員からは会社の人間にみられ、板挟みになりました。
 
これではまるで中間管理職のようです。
 
僕は会員はそれぞれ自分の意思で参加しているので会員を管理することはできないとだけ伝えました。
 
A社の目から見ると僕とSさんはグルに見えたようです。
 
Sさんと共に同業他社B社とかかわったということで、僕もクビになりました。
 
これで、2度目のクビです。
 
 
僕はそのままB社に登録をして、人に伝え始めました。
今度も多くの方が僕を信じてついてきてくれました。
 
ところが、登録したとたんにB社はマーケティングプランをいきなり変更したのです。
 
僕は前のプランに合わせて組織構築をしたので、プラン変更で収入が激減しました。
少しだけB社に不信感を感じました。
 
それでも、ようやく安息の地になるはずだったB社だったので全国飛び回ってセミナーにいそしみました。
 
ところが、B社の商材はこれまでのサプリメントや化粧品と違い、むつかしい商品でした。
大手商社も全く同じ商品を扱っているというハンデもあり、なかなか成長しませんでした。
 
 
それから1年ほど経ちました。
 僕はこれまでの事を振り返り、今後の事を考えました。
 
Sさんの影響もあってか僕はそのころ、ネットワークビジネス業界そのものを俯瞰してみるようになりました。
 
当時、ネットワークビジネスはグーグルやヤフー広告では、アダルトと並んで禁止にされました。
 
その社会的地位はいまだに低いままです。
 
僕が言うのもなんですが、他の業界にあるような業界団体もなく、会員はいろいろな会社に離合集散を繰り返しているように見えました。
 
業界自体の成長が止まったままで参入する新規企業が増え続けていたので小さなパイの奪い合い、会員の奪い合い状態になっていたのです。
 
そんな業界に一石を投じたかったのがSさんと僕の思いでした。
 
ところが、やはり主宰企業と会員自体がその考えについてこれなかったのでしょうか。
 
ネットワークビジネス業界の常識は他の業界では非常識に見えてきました。
 
 
そのうえ、全国セミナーは実際には僕にとって相当なストレスでした。
 
一生型収入の確保により経済的に自由になることが僕の最大の目標だったはず。
 
それなのに、全国飛び回る忙しい状態は僕の本意ではなかったのです。
 
ラットレースから抜け出すために起業したのに、目まぐるしい展開に翻弄され、公務員時代より忙しく働いている。
 
そんな状態に疑問を持ちました。
 
 
そんな時にある知り合いの社長から依頼され、経営陣として迎えられることになりました。
 
今度は普通の会社です。
 
起業してからはひとつの業界にどっぷり使っていたので他の業界に実際に携わって経験を積むことはいいことだと思い、やってみることになりました。
 
それと同時にネットワークビジネス業界からは足を洗う気持ちが固まってきました。
 
それでもB社からの収入は、何もしなくてもその後5年ほど継続しました。
 
これは助かりました。
 
まさに一生型収入の真骨頂でした。
 
 
ところが、そんな時にB社から届いた1通の手紙。
 
またまたプラン変更の話でした。
 
この時に僕はネットワークビジネス業界から完全に足を洗う決意を固めました。
 
他のビジネスで一生型収入を確立する方法はないものか。
 
その答えは僕の中にありました。
 
つづく

経済的自由への軌跡~2度目のブレイク

 

僕の起業してから15年のストーリーを綴っています。

読みそこなっている方はこちらをどうぞ。

▼1回目
経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

▼2回目
経済的自由への軌跡~一歩外へ踏み出す

▼3回目
経済的自由への軌跡~副業から起業へ

 

1度目のブレイクから坂を転げ落ちるようにうまく行かなくなった僕がやり続けていたのが、ホームページを運営し、メルマガを発行し続けることでした。

そのうえ、インターネットマーケティングの通信講座を立ち上げました。

これには2つの目的がありました。

1つめが通信講座から継続収入を得ること。

2つめは講座生をビジネスへリクルーティングすること。

この2つが少し回り始めました。

この2つの目的以外に思わぬ副産物がありました。

人に教えることを始めると逆に自分自身が教えられ、受け身でいるよりはるかに多くのことが見えるようになったのです。

教えるために学ぶため、知識がどんどん入ってくるのです。

知識が増えるとアイディアが増えました。

このスキルは今でもどんな業界でも使えます。

ホームページやブログ、メルマガは人に教える視点で書くと専門家として認識され、商品の流通がしやるくなります。

その手法を広げれば、1億総専門家の時代になるのではないかと僕は感じています。

通信講座の副産物のもうひとつは、講座の一部が出版につながったという点です。

商業出版は、それだけで専門家として見られるので、人が集まりやすくなります。

本の出版がきっかけで、あるネットワークビジネス主宰会社の経営者から1通のメールがやってきました。

文面では、会社のコンサルティングをやってほしいとのオファーでした。

向こうからチャンスがやってきました!

僕はコンサルより流通する側でやりたいと伝えました。

コンサルは労働収入、流通者は一生型収入を得られるためです。

僕はトップリーダーとして登録しました。

その頃にはすでにビジネスの経験値も上がっており、知識も豊富で、その会社のプランの肝がすぐにわかりました。

バイナリーとユニレベルを合わせたシンプルなプランでした。

2回目のブレイクを迎えました。

なんと1か月目から会員数1000名以上、売上ベースで1000万越えの超速の記録を作ったのです。

ビックリしました。

この結果は低迷していた時期にコツコツ種を撒いて来ていた為に起きたと分析できました。

このビジネスでは、毎月自分が使う分だけ商品を購入していれば、組織流通からの売り上げコミッションが自動的に入るようになっていました。

今度こそ一生型収入の確立です。

ビジネスは順調に伸びていき、安泰の時間が訪れました・・・

とは行かなかったのです。

またしても問題が起きました。

メール1通で出会ったこの社長が曲者でした。

会員が急に増えたので有頂天になったのか異常行動をとり始めました。

まず、送料を一律600円 → 2100円に引き上げました。

急に会員の負担が1500円も増えたのです。

実質的な商品の値上げです。

会社にとっては150万円の売り上げ増です。

一気に10000人規模まで会員数を増やしたかった僕にとって横で社長にブレーキを踏まれた感じになりました。

最悪のタイミングでした。

まさにアベノミクスで景気浮揚の様相が出て来た時点で行った増税で、その勢いを完全に止めてしまった時と同じ状態でした。

予想通り、会員数が伸びる勢いが急速に落ちました。

社長が次に言い出したことが、会員を集めたセミナーでセミナーに来た人どうしで違うグループの人であっても気に入った人がいたらその人の下で登録が可能だとしたのでした。

そんなバカな・・・。

この話は一生型収入を否定する話です。

つまり、せっかく縁があって自分の下で作り育てたグループの方が、セミナーで出会った違うグループの人の下で再登録して逃げ出してしまうことになります。

自分の収入源がどんどん他に移動する可能性があるわけです。

これはトップリーダーの僕だけの問題ではありませんでした。

この社長はネットワークビジネスの一生型収入について、全く理解していないと思われました。

会社の利益だけを見つめているようでした。

社長は会員の話は全く聞き入れてくれませんでした。

そのうえ、昔、社長に逆らった会員をクビにした話を自慢気に繰り返しされていました。

この会社からしか収入減がなかった僕は社長に生殺与奪権を握られてしまっていました。

社長の施策に一応反対はしますが、顔色をうかがい、強く言えない自分がいました。

一応、何もしなくても収入は高値安定するようになっていました。

個人事業主なので何もしなくても個人の自由のハズでした。

社長から距離を置きたいと思いました。

ところが、何もしないとこの社長から連日電話がかかってきました。

僕がまるで部下のような物言いです。

電話口で怒られ責められる姿は、どこかの会社の営業マンでした。

僕が電話嫌いになったのは、この時のトラウマです。

それ以来、電話が鳴るだけで「ドキッ」とするようになったのです。

一生型収入が確立できながら、1年半後に崩壊の瞬間がやってきました。

社長が僕の完全なプライバシーに関する問題を他の会員に漏らしました。

そのうえ、僕が会員向けに出したメールに難癖をつけ始めました。

動かない僕に攻撃がはじまったのです。

彼もメルマガをやっていたのですが、全会員に向けて僕の行為を非難したのです。

これには耐えられませんでした。

反論のメールを投げると、今度はクビをにおわせるメールが帰ってきました。

あきらかに脅迫です。

僕の気持ちは完全にこの会社から切れました。

僕の先祖は武士です。

武士はお金よりプライド重視です。

僕は毎月の一生型収入を断念する苦渋の選択をしました。

このままこの会社にとどまっていても、社長の奴隷です。

それなら新天地に飛び出した方がいいと思いました。

僕は会員にだけはうそをつきたくなかったので、真実の話をメールしました。

社長からは除名の連絡が届きました。

2度目の挫折の瞬間でした。

急にリストラされたサラリーマンの気持ちがわかりました。

サラリーマンより悲惨だったのは失業手当もなく、何の保証もなく野原に放たれた点でした。

大きな不安と、少しだけせいせいした感がありました。

せっかく縁があって会員になってくれた方だけには申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

ところが、本当はこの会員さんたちが宝でした。

 

つづく

追伸;この会社での教訓はひとつの会社からの収入に頼っていると経済的自由は
実現できないと悟ったことでした。

自由な個人事業主のはずが、他の会社に生殺与奪権を握られてしまうと
精神の自由が制限されます。

大会社の値引き交渉にNOと言えない下請け会社の悲哀はまさにココにあるのでしょう。

経済的自由への軌跡~副業から起業へ

 

僕の起業してから15年のストーリーを綴っています。

読みそこなっている方はこちらをどうぞ。

▼1回目
経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

▼2回目
経済的自由への軌跡「一歩外へ踏み出す」
 
僕の本格的なビジネスのスタートは、あるネットワークビジネスでした。
 
当時の妻の名義で登録しました。
 
収入が入るのは妻の口座。
 
僕は妻のビジネスをボランティアで手伝っているだけ。
 
 
ビジネスの権利を買うには約60万円が必要でした。
いわゆる仕入れが必要だったのです。
 
現金がなかった僕は、全額借金でスタートしました。
 
公務員の強みをいかしたのです。
 
よくお金がなくて起業できないという人がいますが、僕はお金がないから起業したのです。
 
 
メンターは当時50歳を過ぎた大阪のおばちゃま。
 
教えてもらったやり方は友人知人に伝えること。
 
当時の僕は公務員。
周りはみんな公務員。
 
ビジネスを伝えるわけにはいきません。
 
それでも友人知人に製品を伝えて、すぐに月収が30万円になりました。
 
でも、友人知人はそれでジ・エンド。
 
それからしばらくの収入は月収0円。よくて5万円でした。
 
 
ビジネス初心者だったので収入プランもよくわからずにやっていました。
そのため、なぜ収入が安定しないのかよくわかっていませんでした。
 
メンターが次に教えてくれたのはチラシの配布。
 
自宅の最寄り駅では顔がさすので、京都から茨木の駅まで出向いてチラシ配布をしました。
 
17:00に本業の仕事が終わったらチラシを配りに出かけました。
 
ポスティングもしました。
 
 
チラシの他に散髪屋のお姉さん、喫茶店の店員。職場に入っている業者などなど。
とにかく会う人、会う人に声をかけました。
 
半径5メートル以内に人が入って来たら声をかけろと習いました。
 
真剣に収入が欲しかった僕は真に受けてやりました。
 
チラシから多くの人が登録まではしました。
 
チラシなら誰でもできると思いましたが、多くの人が取り組みませんでした。
 
人生の七不思議でした。
 
みんな人生を変えたい、収入が欲しいと言いながら口だけの人が多いと思いました。
 
1年が経過しました。
 
当初目標には全く至らない収入でした。
 
 
そんな時にチラシで出会った方が、ネットを使ってビジネスしたいと言い出しました。
 
僕はおばちゃまに教えられていたアナログなことをやっていましたが、もともと、インターネットがあるから大丈夫と思って始めたのでした。
 
原点に戻らされました。
 
真剣にインターネットに取り組もうと思いました。
 
おばちゃまからは教えてもらえないので独学で学びました。
 
結局、ネットでやりたいと言い出した当の本人は全く動きませんでした。
 
宇宙の大いなる意思が他人を通して僕にどうやるべきかを教えてくれたと後で思いました。
 
 
それから3か月後。
ビジネスをスタートして1年4か月が経過していました。
 
最初のブレイクがやってきました。
 
いきなり月商ベースで800万円をたたき出したのです。
 
主宰企業から日本一だと知らされました。
 
ビックリしました。
ネットの強烈な威力を知りました。
 
1年間地べたを這いずり回って得た収入を1か月で遠くはるかに超えました。
 
労力はアナログでやっていた手法に比べて、感覚的には何万分の一ぐらいでした。
 
大げさな話ではありません。
 
僕が当時取り組んだのは、ほとんどネットの有料広告だけだったのです。
ホームページはビルダーで自分で作りました。
日本一の翌月は日本で3位。
 
本業で取り組んでいる人もいる中で、鼻高々でした。
 
でも戴いた日本一の表彰状には、何もしないで家にいる妻の名前が印刷されていました。
 
ま、いいですけど。
 
ビジネスタイトルもランクがあがりました。
 
本業でも食えると言われているタイトルになりました。
 
当時はこの収入が続くと思っていました。
 
なにせ一生型収入を得られるのがネットワークビジネスの特徴ですから。
 
僕はそれから3か月後に本業を辞めてビジネス一本で行こうと決めました。
それからビジネスは順調に推移し、めでたし、めでたし。
 
 
とはいきませんでした。
タイトルが上がった瞬間に、周りの見える景色が変わりました。
 
それで初めてこの会社のマーケティングプランが腑に落ちました。
 
この会社では自分自身が毎月売上ベースで30万円を継続して出さないと、自分が構築した組織からの権利収入が取れない仕組みだと判明したのです。
 
僕より先に成功していると思われている人たちは、みな、表面は優雅に泳ぐ白鳥のように、水面下で足をバタバタ動かしていたのでした。
 
そのうえ、組織からの収入が大きくなった人は、自分で毎月30万円の在庫を買い込み、組織収入を得ていたのです。
 
毎月30万円分の商品を自分で消費できるはずがありません。
 
消費しきれない商品の売り先があればいいのですが、リクルーティングばかりしているのでエンドユーザーがなかなか定着しません。
 
それで在庫商品をどうするかと言うと、アマゾンで原価割れで売るか、ネットワークビジネスの商品を安く買いたたいて仕入れ、ネットで販売している
 
安売り業者に横流しをするかで、こちらも原価割れで処分をしているのです。
 
現在、ネットワークビジネスの有名企業のほとんどの会社の商品が原価割れで流通しています。
 
そのため、個人のディストリビュータがエンドユーザーを確保することは難しい状態です。
 
 
しかしながら、一生型収入は、毎月、毎月、商品を継続して使ってくれるエンドユーザーの存在が不可欠です。
ビジネスをする人ばかりを集めているように見えるネットワークビジネスでは、終息の地がなかなか実現しません。
ビジネスをやる気で参加する人は、利益にならないと辞めてしまう人が多いためです。
 
 
そこに気がついた僕は、エンドユーザーを確保するために店舗展開での製品流通を検討しました。
 
既に広島で月商800万円の製品流通に成功していた鍼灸院の先生と組み、その方の成功モデルを体系化して、フランチャイズ本部を立ち上げたのです。
 
当の先生は鍼灸のお店から離れられないので、僕はたった一人で加盟店募集のためのセミナーを立ち上げ、集客をし、セミナーを実施し、1年間で12店舗に広げました。
 
 
話が長くなっているので割愛しますが、結果的にその先生とはうまく行かずに
事業は空中分解をしてしまいました。
 
それから何をやっても全くうまく行かない期間が続きました。
 
その期間どうやって食いつないでいたのか、あまり記憶にないほどでした。
 
2度目のブレイクはひょんなところからやってきました。
 
つづく

経済的自由への軌跡「一歩外へ踏み出す」

前回から僕のストーリーを綴っています。
▼前回読み損ねた方はこちら
経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

ネットビジネスをスタート

最初に僕が取り組み始めたのが、ネットで見つけたビジネス。

当時はインターネットも黎明期で相当怪しい情報が飛び交っていました。

ビジネスと言っても、ある知らない人からメールが送られて来て、「5名の名簿の上から順番に1000円ずつ振り込め」と書いてあり、興味を持ったもの。

僕は名簿の5名に合計5000円を振り込んでビジネスがスタートしました。

そして、同じことをやる人を探したのです。

自分が見つけた次の人には、5名の名簿のうち一番上の人を抜いて、最下部に自分の名前と口座を追加し、振り込みを促すのです。

商品は「情報」でした。

発祥はアメリカ。

アメリカでは普通の人も小切手での決済が多かったので、やり続けたら毎日すごい数の小切手が送られてくるとの話にワクワクしたのでした。

すごいユニークなことを思いつく、アメリカにはすごい人がいるなと率直に思いました。

経済的自由を得るまでの軌跡

名簿から1名ずつ削除していくので無限連鎖にはあたらないから合法だとの説明もありました。

当時はスパムメールや迷惑メールの概念もありませんでしたので、手当たり次第にメールを送りまくりました。

でも、ちょうど4~5人に伝えた時点で、つまり投資を回収したぐらいの時点で、僕に教えてくれた人たちがビジネスを抜ける宣言をし出したのです。

なんでも警察に事情聴取をされた人が出たとか。

ネズミ講の疑いがあるとのこと。

僕はビックリしました。

知らないうちに違法行為をしていたのか?

そこで僕の初めてのビジネスはおしまいでした。

幸いそれから捜査の噂は聞こえて来ませんでした。

 

元ダメサラリーマンが年収6000万円!?

意気消沈しかけた僕が次に見つけたのがインターネットの掲示板情報。

そこで見つけたホームページには、借金だらけの元ダメサラリーマンがあるビジネスで年収6000万円になったという話がありました。

そのホームページには何のビジネスかは書いていませんでした。

今度は慎重に周辺情報を洗いました。

すると、このビジネスは、あるネットワークビジネスではないかと思われました。

ネットワークビジネスについて調べたら、合法であり、アメリカでは盛んで、個人が事業なみの収入を得られ、そのうえ「一生型収入」を確立できる夢のあるビジネスであることがわかりました。

一方で日本では社会的な認知度が低く、負の意見もたくさん目にしました。

僕はネットワークビジネスがどうのこうのではなく、純粋に元ダメサラリーマンの体験が自分にも欲しいと思いました。

合法であり、僕が抱える問題を解決できる可能性があるという2点で、このビジネスをやりたいと思いました。

このホームページの運営者にコンタクトをとろうとしましたが、残念ながら返信がなく、縁がなかったようです。

僕はあきらめきれず、同じビジネスをやっていて僕の家から一番近い方の広告を見つけ、コンタクトを取りました。

広告主は既に50歳を超えたおば様とのことでした。

大阪の茨木にあるその方のオフィスに行ってみてビックリ。

オフィスに一歩足を踏み込むと、素人目にも普通のオフィスの内装にものすごい金がかけられていて超豪華な印象。

置いている調度品もあきらかに海外の超高級品。

公務員庁舎の無味乾燥な内装と調度品に慣れていた僕には別世界の印象。

おまけに応対に出て来た秘書がブロンドヘアで青い目の若くてキレイな白人さんで二度目のビックリ。

聞けばウクライナ出身で、日本語ペラペラ。

経済的自由を得るまでの軌跡

彼女にオフィスの中に案内され、ついに登場したオフィスの主である大阪のおばちゃま。

あなたは大阪のおばちゃまにどんな印象があるでしょうか?

僕の印象はポケットに飴ちゃんを忍ばせ、ヒョウ柄の服を着た、ようしゃべる小太りのおばちゃま。

ところが、この方はブランド服に身を包み、品良くさっそうと登場。

キャリアウーマンタイプですがギスギス感がなく余裕たっぷりの格好いいおばさまでした。

これには三度目のビックリでした。

ネットワークビジネスの怪しさは僕の中で完全に吹っ飛びました。

オフィスに一歩足を踏みいれた瞬間、僕の中の世界が変わった気がしました。

 

勇気を出してオリの外への一歩踏み出す

振り返れば、公務員やサラリーマンという仕事は、誤解を恐れずに書くと、牢獄の囚人のような生活。

朝起きた瞬間から「自分の時間」は制限され、会社に縛られて生きざるを得ない。

日本は自由な社会であるはずなのに、自由が制限されて生きているのがサラリーマン。

目に見えない鉄格子を自ら設定し、毎月の給料というエサを与えられ、オリの外に飛び出したくても、弱肉強食の無防備な世界に飛び出す勇気がない。

おとなしく飼いならされる人間ほど出世をする。そんな不自由な世界。

経済的自由への第一歩

大阪のおばちゃまの豪華絢爛なオフィスへの一歩は、僕をオリの外に連れて行ってくれる素敵な第一歩になる予感がしたのでした。

公務員生活では一生会えそうもない人種との遭遇。

一生縁がなさそうだったハリウッドの女優以上にキレイな白人女性との出会い。

こうして僕の副業でも本当の意味で初めてのビジネスは、ネットワークビジネスでのスタートでした。

もちろん、このビジネスでの一番の魅力が「一生型収入」だったのです。

つづく

追伸:現在、僕はネットワークビジネスの業界からは完全に足を洗っています。
足を洗った理由はまたお伝えしますが、あしからずご了承ください。

経済的自由への軌跡~起業から15年目の告白

僕のビジネスのテーマは、実は「一生型収入」の確立です。
 
一生型収入とは、「一度行った仕事から5年後、10年後も入り続けるタイプの収入」。
 
このタイプの収入を確立できれば、あくせす働くことから開放され、場合によっては経済的自由を手に入れることが可能になります。
 
ビジネスをスタートしてからというもの、僕のテーマは常にこの「一生型収入の確立」でした。
 
僕が好きな収入タイプは、ストック収入を始めとして権利収入、継続収入、安定収入、不労所得、リピート収入、会費収入など一生型収入などです。
 
こんな風に書くと、僕はまるで金の亡者のようですが、僕が目指してきたのは・・・。
 

経済的自由を得る方法

です。(笑)
 
もちろん、そんなことはできませんが、要は税金徴収のように、あるいは年金をもらうように、黙っていても毎月、毎月、僕の口座にお金が自動的に振り込まれる仕組みが欲しかったのです。
 
ただそれだけです。大金を稼ごうなんて気は毛頭ありませんでした。
おかげで、何度も確立しては崩れながらも、コツコツと毎月自動的に入ってくる安定的な一生型収入を手に入れることができました。
 
もし、あなたが、僕のような一生型収入に関心があるなら、これからしばらく僕の情報を逃さないでください。
 
これから、あなたに僕がここ数年かけて行ってきたやり方をお伝えしたいと思います。
 
 
今日は、あらためて自己紹介をしたいと思います。
 
僕は2000年にビジネスをスタートしました。
 
あれから15年。長かったようで、めちゃくちゃ速かったですね。
 
この期間にいろいろなことがありました。

 

ビジネスをやろうと思わなかったら、平々凡々の生活を送り、死んだような人生を積み重ねていたかもしれません。

当時、僕は公務員でした。

防衛庁職員。現在は防衛省に昇格しています。

職員なので、ホフク前進はしませんが、有事の際には命を賭して国を守る誓約はもちろん書きました。

京都の自衛隊に所属していて、仕事は省内システムの開発、管理、教育を行っていました。

データベースソフトを使ったアプリケーションの開発をやっていたのです。

 

武器部という世間から見たら物騒な部署にいました。

日常的に銃などの武器に触れていました。

その武器の補給管理システムや在庫管理、整備管理などのシステム開発を行っていたのです。

システム開発は非常にクリエイティブな仕事で気に入ってました。

とても楽しく、天職とすら思っていました。

 
 
ところが、僕には二つの悩みがありました。

ひとつはお金の問題でした。

当時は家庭を持って、多額のローンで家を建てました。

自分で言うのもなんですが、小遣いはほとんど自己投資に使っていました。
 
自己啓発の高額な教材、本、あげくの果てに社会人でありながら大学院にまで入り直し、自分磨きに多額の資金を投入して来ました。
公務員だったので、金貸しはたくさんお金を貸してくれました。

借金が額がシャレにならないぐらいになりました。

毎月赤字でボーナスで埋めるような生活。

相当なストレスでした。
 
 
経済的自由を得るまでの軌跡
もうひとつの悩みは家庭にありました。

当時、僕はサザエさんのマスオさん状態の境遇にありました。

マスオさんは養子でもないのに、妻の両親、兄弟と同居しています。
僕もローンを組んで家を建てたのですが、妻の両親と共同のローン。

妻の両親と妹と同居していました。

妻の祖父が亡くなった後は祖母がそこに加わりました。

 

自分の家なのに肩身が狭い思いをしていました。

おまけに子供が欲しかったのに、妻は子供を要らないと言い出しました。

結婚前には子供を作ると約束していたのに・・・。
僕の目標はこの二重苦から抜け出すことになりました。

恥ずかしい話ですが、公務員である限り借金返済は不可能に思えました。

家計が火の車なのに妻は助けてくれようとはしませんでした。

今から思えば、逃げ出したかっただけかもしれません。

起業の動機は人それぞれでしょうが、僕の起業の動機はお金と家庭の問題だったのです。
もう時効でしょうから、告白しますが、公務員という立場で僕のビジネスは副業からのスタートでした。
つづく