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今日は建国記念日でした。

日の丸を掲げて祝うべき国民の祝日であり、日本国にとって最も重要な祝日であると言ってもいいでしょう。

日の丸、君が代は日本の国旗、国歌にもかかわらず、戦後の自虐史観に基づくサヨク教育により、苦難の道を歩まされています。

数ある世界の国旗の中で、日の丸は「日いずる国」である日本をとても端的に表現していて、そのシンプルさも含めて、とても大好きな国旗です。

国歌である君が代も、2675年(皇紀)も国体が継続している世界最古の国である日本の国のカタチを見事に表現していて、歌いながらジーンとこみ上げるものがあります。

日本精神

他の為に生きる国日本

日本はこれだけ長い間、国体が続いてきましたが、先の大戦は残念な敗戦で有史以来の大きな挫折を味わいました。

しかしながら、日本はアジア解放の為に戦ったのであるから、アジア諸国が戦後次々と植民地支配から解放され、独立を勝ち取っていった結果を見ると、日本は負けてもアジアが生きたのだから、日本は戦争に負けながら勝負に勝ったと言えなくもないと思います。

その上、日本が当時、提起していた人種差別の撤廃は、植民地主義をとる欧米諸国には到底受け入れられない概念でした。

その為に日本は国際的に孤立し、戦争に突き進む原因のひとつになったとも思われます。

ただ、日本が戦争をすることで、人種差別の撤廃は、現代社会では普通に人類普遍の価値観として確立された感があります。

奴隷、あるいは有色人種は人として認められず、人権がなかった世界が180度変わったのですから、日本の世界への貢献はそれはそれは歴史的にも大きな価値あるものでした。

これは本当に非常に画期的なことで、日本は国を滅ぼしながら世界的な価値観を根底から変えるというウルトラCをやってのけたのです。

この事実は、日本の国の精神そのものを具現化している気がします。

その精神とは「他の為に生きる」という精神です。

民間シンクタンクを経営されている青山繁晴氏が日本の武士道葉隠の精神「武士道とは死ぬことと見つけたり」について、テレビやラジオで語っていました。

武士道とは死ぬこととしているが、あれは実は「他の為に死ぬこと」であり、つまりは「他の為に生きる」ということ。との解説でした。

単にどう死ぬかが武士道ではなく、他の為にどう生きるかを問うたのが武士道の精神だと言うわけです。

武士は主君や国の為に犠牲になることを厭わなかった為に、日本の武士は幕末に植民地化を狙った外国に恐れられていました。

先の大戦でも日本軍に生きていた武士道精神により、日本は連合国相手に序盤は対等な戦いをしていました。

「滅私奉公」こそが、日本精神の根底を流れるものだったのです。

戦後の教育で個人主義が輸入され、「滅私奉公」の精神などはダサいものだと一笑にふされるようになりました。

権利ばかりが主張され、義務がおろそかになり、受け継がれるべき日本精神が風前の灯になりつつある今日の日本。

建国記念日には、この素晴らしい日本精神をしっかりと受け継げるように考える日にしなければならないと思いました。

自称イスラム国人質事件で生きていた日本精神

この失われたかに思える日本精神が、民間の名もなき市井の庶民にこそ、いまだに生きていることが垣間見える瞬間があります。

先日の自称イスラム国人質事件での日本人二人の犠牲は痛ましいものでしたが、その中のひとりユカワハルナさんのお父様のマスコミへのコメントが、まさに日本精神ここにありを世界に発信してくれました。

ユカワさんのお父様は息子を殺されながら、少しも取り乱すこともなく、日本国と日本の国民に迷惑をかけたと謝罪し、政府と人質解放に尽力をした関係者に謝意を述べたのです。

この日本精神には、日頃反日攻撃の手を緩めない中韓のネットユーザーが衝撃を受けたとし、賞賛の声も少なくなかったとのことでした。

▼湯川さん父親の謝罪に衝撃的、中国ネット

▼湯川さん父親の言葉に韓国ネットから称賛の声

同じく殺害された後藤さんのお兄様も謝罪と感謝の言葉を述べていました。

こういうギリギリの状況の中でこそ、日本精神、日本の武士道精神が色濃く浮かび上がるのでしょうね。

それにしても、当事者の家族が政府にも国にも、その尽力に謝意を述べているのに、政府批判を繰り返すサヨクマスコミや野党、サヨク主張を代弁する普通の人たちは、いったい何なのでしょうね。

私たちが、戦後サヨクによって壊されかけている日本精神をしっかり後世に引き継がねばならないと思います。

一粒の麦もし死なずば・・・

「他の為に死ねば、それは生きること」

この日本精神は、言葉を変えて聖書の言葉にも出て来ます。

「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」(ヨハネ伝)

一粒の麦は地に落ちて死んでこそ、やがて多くの実を結ぶのである。

要は自己の為に生きても、ひとりはひとり。

他の為に死ねば、それがやがて多くの実になると理解されます。

この聖書の言葉こそ、日本が先の大戦で行った自ら敗戦により朽ち果てることで、多数のアジア諸国を生かすことにつながった。

まさにその日本精神を象徴しています。

日本は敗戦しながら、国体が維持されたわけで、これは歴史的に見ても稀な現象。

何をされても、国が分断されても、何も文句を言えない状態でありながら、国が継続し、自由と民主主義を享受できるようになった。

この奇跡はまさに日本精神こそ、聖書の言葉にもあるとおり、天が最も愛する価値観である為、起きたのではないでしょうか?

そう、日本精神が故に、日本は天運を味方につけたのだと思わざるを得ないのです。

その日本精神を失ってしまい、日本が自国中心主義を貫き、他国の危機に耳をふさぎ、自国の繁栄のみを目指すなら、日本は即座に天運を失い、いよいよ本当の意味での滅亡に向かわざるを得ないように思います。

日本国民も他の為に生きることから目を背け、自分のことだけを考え、すべての問題を責任転嫁。

政府や国に責任を押し付け、義務を果たそうとしないなら、天運を失う前に、滅亡への道を行かざるを得なくなると思います。

これら「滅亡の精神」は、戦後サヨクが主張してきたロジック。

だからこそ、サヨク主張は悪魔の主張であり、日本を滅亡に追いやる反日思想なのです。

今こそ、今一度「他の為に生きる」という日本精神の伝承を建国記念日に誓い、私自身も身を正して行こうと思ったのでした。

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