就職活動がうまくいかない

就職活動がうまくいかない。それで就活自殺とは、あまりに視野が狭い。

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「就職活動がうまくいかない」と就活自殺をする学生が7年間で200人超。(警察庁調べ)

この数字には驚きました。

受験が戦争と言われ、受験に失敗して、それを苦に死を選ぶ若者がたくさんいることはニュースなどでたびたび目にしていました。

就活がうまくいかないケースでも、これだけ多くの若者が死を選択していることに愕然としたのです。

先日、関西学院大学4年生の就活自殺が産経ニュースに出ていて、就活自殺の存在を始めて知りました。

それが、少し調べてみると、この関学生のケースは氷山の一角だったんですね。

本当に驚き、愕然としました。

自分の子供だったらと思うと、とても悲しい気持ちになりました。

 

就職活動がうまくいかない

出典:産経WEST

 就活は単なる人生の一出来事に過ぎない

就活の失敗で死を選ぶなんて、本当に残念にならないと思います。

確かに若い頃は、近視眼的な物の見方しか出来ない為に、受験や就活がすべてな気がしてしまいます。

人生において初の挫折、失敗経験が就活ということもあるでしょう。

特に学生時代に優秀だった人ほど、挫折や失敗経験に対して免疫がついていないと思われます。

若い頃の挫折経験は死と隣り合わせにあるのかもしれません。

もし、あなたがそんな挫折の真っ只中にあるのなら、是非、自分を俯瞰してみる訓練をしてほしい。

客観的に自分を見ることができたら、自分の悩みがちっぽけなものだと思えるハズです。

世界中で、ろくに三食を食べることもできない境遇の子供たちがたくさん存在します。

逆に、日本のような恵まれた国の方が少なく、就活なんて、広い世界、長い人生では、たった一瞬の出来事。

就活の失敗なんて、のちのちの人生では、笑い話として、とっておきの話のネタになります。

こんな話をしても、当人にとっては不謹慎な話に聞こえるかもしれません。

でも、それが真実です。

就活が人生のすべてではありません。

就活自殺の増加の原因とは?

前途洋々の若い学生たちが「就活がすべて」と思ってしまうのは、親や学校にも責任の一端があるかもしれません。

あるいはマスコミも。

学校は反体制教育を刷り込み、反権力教育を行ってきながら、逆に権力構造の中に組み込まれる就活を学校生活のゴールかのようにカリキュラム化しています。

おまけに権力の権化のような官僚を目指したり、大企業に就職させることを自らの通信簿の点があがることのように推奨し、日本企業の99.9%も存在する中小企業へ目を向けさせることを怠ったり、その風潮をあおるマスコミ。

若い学生にとっては、とても矛盾を感じるべき期間だと思います。

私自身は、当時、すごく矛盾を感じ、当たり前のように就活して内定をもらっている友達たちが不思議でなりませんでした。

その為、私自身は就活をしていません。

なぜ、こぞって大企業の歯車に組み込まれる為のレースに、多くの学生が矛盾も感じずに飛び込んでいくのか、本当に不思議でなりませんでした。

その姿は、まるで、ハーメルンの笛吹きの笛に踊らされて、自ら底なしのレースに飛び込んでいくネズミたちのように見えます。

私自身、若い頃にとても疑問に思い、就活をしていません。

その為、仕事のキャリアとしては、常に非主流の道を歩いて来ました。

それでも、後悔したことはありません。

会社ではなく、自らのキャリアを磨くことができたので、どこででも生きていけると思っています。

就活して主流の道を歩んだ同級生が、果たして幸せに生きているのかは知りません。

しかし、少なくとも私は彼らよりも、より多くの体験をし、より広い世界を見て、より深い人生を送っていると自負しています。

そもそも就活とは、ラットレースの中に飛び込む事

ハーメルンの笛吹きの話を引き合いに出しましたが、笛吹きは最終的には子供たちを笛で引き連れて行き、子供たちは帰って来ませんでした。

子供たちは誰も笛吹きに敷かれたレールから外れることなく、「自らレールに乗ることを決めて連れて行かれた」のです。

その連れて行かれた先に何があったのかは物語に書かれてはいません。

しかしながら、現代就活戦線では、レールの先にあるのは、「終わりなきラットレース」です。

ラットレースとは、その著書「金持ち父さん、貧乏父さん」でロバート・キヨサキ氏が表現したサラリーマンの姿です。

ネズミが滑車をくるくる回る。そんな姿がラットレースであり、サラリーマンの現実だと彼は言います。

そう、「明日こそは多くのことが実現できる」と思いながら足をせっせと動かすが、結局は同じところに戻っている。

それがサラリーマンの現実です。

「熾烈なラットレース(出世競争)の問題は、たとえ競争に勝っても、ラット(ねずみ)であることにかわりがないこと。」

リリー・トムリンという方の名言です。

たとえ大企業に就職しようが、サラリーマンである限り、ラットであることにかわりがないというわけです。

いま、就活に励んでいる学生にとっては、あまりピンと来ない言葉かもしれませんし、張り切っている方には水をさす言葉かもしれません。

要するにサラリーマン生活は決してばら色ではないというわけです。

社会の歯車として個性を殺して生きる。

それが就活レースの先にあるものです。

この言葉の意味が腹の底に腑に落ちれば、「就活がすべて」と考えることが、どれだけばかげていることが理解できると思います。

就活に失敗したからこそ、素晴らしい人生が待っているかもしれません。

起業して夢をかなえるかもしれません。

企業があなたの人生を丸抱えする時代はとうに終わっています。

ネット時代には人生の選択肢が山ほど存在します。

人生には、「起きた時は最悪の出来事だと思った事が、後で振り返ってみると最高の出来事だった」

というようなことがよく起きます。

もしかしたら就活の失敗は、実はあなたの人生にとって、最高の出来事なのかもしれません。

就職活動がうまくいかない

自殺は究極の自己中心

今、自分が苦しいのはなぜでしょう?

自分は何がイヤなんでしょう?

友達がみんな内定もらっているのに、自分は内定をもらえない。

自分はダメな人間?

絶対にそんなことはありません。

就職も縁です。

今のところ縁がないだけの話。

苦しいのは、自分のプライドが傷ついているだけの話。

自分の体裁が悪いから苦しいだけでは?

友達と比較してどうするのでしょうか?

これから先の長い人生。

常に友達と比較して生きていくのでしょうか?

友達が早々に内定をもらえたことを心から喜べる。これが本当の友達ではないでしょうか?

なぜあなたが傷つくのでしょうか?

要は自分、自分、自分。自分のことばかり考えているから苦しいでは?

私は「自殺は究極の自己中心」だと思っています。

自分以上に苦しんでいる人がいることに気がつきませんか?

私の親戚に、昨年から就活してきた娘を持つお姉ちゃんがいます。

なかなか就職が決まらず、やっぱり親が一番心配していました。

あなたにも、あなたを心配している家族、知人、友人が必ずいるハズです。

あなたが自殺をしたら、あなたはこの世から去ってしまうのでいいかもしれません。

残された家族や友人達はどうなりますか?

一生、あなたのことを心の傷として背負って生きていかなければならないのです。

自分さえよければいいのでしょうか?

自殺は究極の自己中心です。

逆の立場に立って考えてみてください。

あなたが大好きな家族が何も言わずにこの世から去ってしまったら。

自分のことだけを考えないで下さい。

残される家族に目を向けて下さい。

世界に目を向けてください。

もっと広い世界を見て下さい。

今は視野が狭くなっています。

就活の失敗なんかで自殺なんかしてはいけません。

失敗こそが人生。

今を乗り越えれば、あなたの前途には必ずや光り輝く瞬間が待っています。

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投稿者:

majikomi

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